マケドニア玩具倉庫

無駄遣いをヌタヌタと書き綴ったブログ…

私だって高校行きたかったあなた。 

最近、なんだかとっても80年台が自分の中でブームで。
youtubeでその頃の動画を沢山観ています。
そのきっかけは中森明菜だったんだけれどそれはまた今度。

別に昔は良かった、というわけじゃないんですけれど。
今の明るすぎる照明より少し暗い、東日本大震災の後の節電の夏にも似た昭和の明かりとか。
とっても好きな事も確か。
70年台はさすがに記憶になくて、覚えているのは80年台、そ
れも後半に入ってからのことばかりですが、その中でもやっぱり
今とは違ったものとして1つあるのがラジオかなと。

あの当時はインターネットも携帯もなかったので
テレビとラジオの発信力は絶大だったと記憶しています。
もちろん、ラジオは既に枯れた文化でしたからテレビと比肩するものではありませんでしたが
テレビが一家に一台で自由に視聴できたわけでもない時代、
テレビの野球中継の裏で一人でラジオを聞いているなんてことはあったものです。
(ラジカセでテレビの音だけ聞いている、なんてこともありました)

今回紹介する中島みゆきのファイト!はそんな80年台の前半、83年に発売された予感に収録された一曲で
82年のオールナイトニッポンで読まれた手紙が元になっていることを改めて知りました。



ここにあがっている動画にはその時の貴重なな音源がついています。
本当に中卒だから仕事(=事務)を任せてもらえなかった女の子の手紙だったんだなと改めて知った次第。
オールナイトニッポンのはがきが元になっているというのは
何かで読んだことがあったのですが、まさにそのラジオの音源が今聞けるというのは
現代の技術さまさまなところはあるので別に昔が良かったとばかり言うつもりもないんですけどね。

現代の特に首都圏だとちょっと感覚が違うと思うんですが、
北海道はこの頃は圧倒的に公立の成績が良かったんですよね。
札幌は南高と北高をそれぞれ南北学区のトップに旭ヶ丘や東、西がつづいていて、
南学区の最底辺平岡でも私立の間口よりはぜんぜん狭かった。
そんな時代。
滑り止めと称して私立を受け、私立のトップである一高の特進や光星は
平岡よりはマシかもしれないけど私立平均では公立にはるか及ばない。
そんな時代に私立に行くお金がない、高校に入る自信がない、というこの葉書。
成績は推して知るべしであるし、
そしてもしかすると80年代初頭であれば女性の進学への理解は
まだまだ低い面があったのかもしれないし女性の立場自体が今より弱かったろう。

それを理解していれば高校に行きたかったあなたはまずは公立に入れるように頑張れば…と思わなくもない。
北海道の学校事情を知っているであろう中島みゆきがそこに思い至ったかはわからないけれど
すくなくとも学力を除けば私立よりは可能性があったはず。

この歌はよく応援歌だ、と言われるけれど単純な応援歌だとは最初に聞いた時から思えなかった。
普通に応援歌であれば自分の敵が自分だ、と無力感に打ちひしがれる人間をさして戦う君とは言わないはず。
もちろん中島みゆき的でないことはわかっているんだけれど、普通の応援歌なら
自分自身どうしようもない事はあるかもしれないけど前向いて生きてればいいこともあるさ、的な事を言うきがした。
この詩の情景には戦う人は1人も出てこない。
全員が全員理不尽であったり、力不足に嘆き、腐っている人間しか出てこない。
むしろ、そんな情景に思い当たることがあって心に突き刺さった覚えすらある。
そんな戦わなかった、戦えなかった自分に覚えがあるからこそ
戦う君を戦わない奴らが笑うだろうと言われて本当は笑われてでもそうありたかった
自分に思いを馳せて後悔とともに聞いた覚えがあったのですよ。
小賢しく戦った所で勝てやしないと呪わず、諦めずに戦うべきだった、と。

なので、個人的には大元の手紙を聞いて、境遇に恨み節を込めて愚痴るこの手紙への捧げるこの歌は
やはり理不尽な目にあう人に同情して慰めてがんばれと励ます歌ではなく、そこで戦う気概を持てと応援する歌、
無力感にさいなまれたり忘れたりするのではなく戦って前に進め、という歌だと改めて理解したわけで。
まさにどこを通ってきた(境遇)ではなく何を吸収してきたか(行動と経験)なのだと思う。
勝つか負けるかは争点ではなく自分と、境遇と戦わない奴はどんな境遇であっても応援される価値もない。
そこに価値があればこそ、結果、思い通りに行かなかったとしても戦うことを選択した者は美しくすらある、と言ってるしその姿勢をこそ応援する歌なんだなぁと。

奇しくもこの20年後、中島みゆきを聞いて育ったと自称した槇原敬之が作った世界に一つだけの花は他人との争いは度外視でも自分自身とは戦え、という歌でした。
あの歌は個性という育てるべき種をもっているのだからそれを育てきって花咲かせる、自分自身を切磋琢磨する事を前提にした歌なのでアレを聞いて努力放棄を肯定していると感じる人は多分「戦わない奴ら」なんだろうなぁと思うのです。
[ 2013/08/01 03:29 ] 日記 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する
備忘録
管理人の更新するまでもないメモ書きです。

○サンマルコ ☆エル・グランデ ☆ハチエンダ ○ニュー・エントデッカー ○レーベンヘルツ △ドージェ ☆アベ・カエサル
再生産アンケート
amazonランダムアフィリエイト

ブロとも申請フォーム